【岩本輝雄の英雄列伝|レオナルド編】「それでは遅い」“貴公子”から受けた数々の恩恵

 サンパウロ時代から、レオナルドのことは注目していた。93年のトヨタカップで来日した時は、ミランを相手にハイパフォーマンスを披露。相変わらず、上手くて、かっこいい選手だなって。

 翌年にはアメリカ・ワールドカップに出場。サンパウロでは中盤だったけど、セレソンでは、ドゥンガ、ロマーリオ、ベベット、ジョルジーニョら凄いメンバーがいるなかで、レオナルドは左SBでプレー。楽しみにしていたけど、決勝トーナメント1回戦のアメリカ戦で、相手へのラフプレーで退場処分に。あれは残念だったね。

 自分的には、SBはゴツくて、強い選手がやるイメージだった。レオナルドはそういうタイプではないけど、それでも質の高いプレーができるんだと思った。サイズはたしか177センチ、71キロぐらい。好きな選手だから、すぐ分かるよ(笑)。

 タイミングの良いオーバーラップに加えて、相手に前を向かせないクレバーな守備。自分もそこまで大柄なほうではなかったし、頑張ろうと刺激を受けた。
 
 そんなレオナルドがJリーグに来るって聞いて、当然、テンションは上がるよね。ピッチ上でも、期待通り、いや期待以上のプレーで観衆を沸かせる。抜群のテクニックと的確なポジショニング、相手の逆を突くのも素晴らしい。フリューゲルス戦の鮮やかなリフティングから決めたゴールを見ても分かるように、意表を突くプレーも鮮やか。

 たしかあれは95年の天皇杯のセレッソ戦だったかな。味方からのパスをダイレクトで落として、裏に抜けて、リターンを受けてGKと1対1に。けっこう難しいシチュエーションだったけど、簡単にアウトサイドで決めちゃう。あのゴールは強く印象に残っている。やっぱりサッカー選手は技術だって、改めて思った。

 同年のJリーグでは、中田(英寿)がJ初ゴールを決めた平塚でのアントラーズ戦で、ベルマーレは7-0で完勝。その試合にレオナルドも出ていて、試合後、一緒に写真を撮ってもらったんだよね。チームは完敗して気分も良くなかったはずだけど、笑顔で応じてくれた。かっこよくて、サッカーが上手くて、しかも紳士的。見た目だけでなく、中身もまさに“貴公子”! 器の大きさを感じたね。その写真は今でも大事に飾ってあるよ。

自分のチャンスでもパスを選択した

 96年のオールスターでは、レオナルドと同じチームになった。ホテルが一緒で、そこで話をさせてもらったなかで、僕のプレーについてアドバイスをしてもらったんだよね。

「テル、君はサイドでパスをもらう際、トラップして、蹴る直前に一回触って、キック。ワン、ツー、スリーのリズムで蹴ることもあるけど、それでは遅いし、相手に読まれる。そのリズムだと、相手から寄せられるし、敵の守備陣形も整って、受け手もマークにつかれてしまう。蹴るタイミングは、ツーのほうがいい。最初のトラップで、すぐ蹴れるところにボールを置くイメージでやったほうがいいよ」

 僕としては、トラップには自信があったし、状況によってはツーのタイミングでキック、そのスピード感も意識していた。ただ、マイボールにして、ルックアップして、味方がどこにいるかを確認してから蹴りたくて、そういうリズムになっていた部分はたしかにあった。蹴る直前に「チョン」と触るのも、ある意味、クセでもある。

 そのクセをよく見ていてくれたんだなと思うと素直に嬉しかった。ちなみに、そのオールスターでレオナルドが履いていたスパイクをもらったんだよね(笑)。サイズも26・5センチで一緒。もちろん、そのスパイクを履いて試合に出たよ。

 僕たちのチームにはレオナルドがいて、しかもストイコビッチも! ふたりの競演に、スタンドも盛り上がりまくり。同じピッチに立てた僕としても、至福の時間だった。ドリブルで攻め上がって、シュートを打てば決められる自信があった場面でも、レオナルドへのラストパスを選択。自分のチャンスの時、普段なら絶対にしないけど、その時は引き立て役に回った。でも、レオナルドはシュートを外したけどね(笑)。

 あの頃は、レオナルドやストイコビッチだけでなく、ジーコ、リネカー、リトバルスキー、スキラッチ、エムボマなど、Jリーグにはワールドクラスの助っ人が本当にたくさんいた。同じ時代に現役としてプレーできた僕にとっても、大きな財産だよ。

SOCCER DIGEST Web 5/5(火) 18:24配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/e983b41871913fdd8859da03e6df077e0010fe58

平塚が7-0で完勝した95年のホーム鹿島戦でレオナルドと初対戦。試合後、岩本氏との写真撮影のオーダーに、“貴公子”は快く応じたという。(C)J.LEAGUE PHOTOS
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200505-00072792-sdigestw-socc.view-000


 

3 :2020/05/05(火) 22:47:58

マジレスするとレオナルドはPKの名手

選手生活で一度も外さない選手ってなかなか珍しいよ。

 

39 :2020/05/06(水) 01:55:21.58

>>3
ジルマールに止められてたような…

 

5 :2020/05/05(火) 22:49:06

俺が今まで見たJリーグで1番華麗で上手いと思った選手だ

 

8 :2020/05/05(火) 22:55:36

当時は本当に世界最高レベルのプレーを体感できたんだよな

運が良ければアドバイスまで貰えた

そりゃあ日本サッカーが劇的にクオリティアップしたわけだよ

 

42 :2020/05/08(金) 08:50:25

>>8
今だって個人能力だったら神戸の選手やチアゴ・マルチンス、マルコス・ジュニオール
戦術面でも世界標準の戦術採用してるチームいくつもある

 

10 :2020/05/05(火) 23:02:59.42

レオナルド、ジョルジーニョ、ベベトが日本の同じチームにいたんだからすごいな

 

31 :2020/05/06(水) 00:13:00.54

>>10
ベベットが来たのは後からだ
レオ、ジョルの時いたのはマジーニョ

 

11 :2020/05/05(火) 23:04:27.19

94WCのブラジルは技術面で叩かれてたけど、すごい機能的で大好きなチームだったわ。アメリカ戦はめちゃおもしろかった。レオナルドの退場含めて

 

12 :2020/05/05(火) 23:04:45.85

AKBの番組終わったから見てないわ
一応ファルカン時代の10番だっけ

 

37 :2020/05/06(水) 00:50:06

>>12
沢登も付けてたけど岩本も付けてたね

 

15 :2020/05/05(火) 23:20:19

あれだけの技術を持っていても、セレソンではサイドバックだったんだよな。
WCアメリカ大会で見た時に、こんな凄い選手がJリーグに来るんだ?
って信じられない気持ちとワクワク感が止まらなかったわ。

 

18 :2020/05/05(火) 23:30:13

東海道をテクテク歩いてたな。

 

19 :2020/05/05(火) 23:31:37.62

ドゥンガにカレカに、ブラジル代表90年代よくきてたな
ジーコ様様なのかもしれんけど

 

23 :2020/05/05(火) 23:51:23

レオナルドは久保を獲る気だな

 

24 :2020/05/05(火) 23:56:12

>>19
アメリカも欧州もそうだけどあの頃は年俸安かったんよ1億でも出せば良い選手来てくれた
配信権とかで暴騰するのはもう少し後やな

 

25 :2020/05/05(火) 23:59:22

>>19
シーラスってのも来てたな

 

26 :2020/05/06(水) 00:04:11

あまり目立たなかったが、柏のバウディールがやばかった

 

27 :2020/05/06(水) 00:05:43

必ず戻ってくるっていつ戻ってくるんだ?レオナルド

 

29 :2020/05/06(水) 00:08:49.72

本当はなっつんじゃなくて、まゆゆ推しだったとカミングアウトしていたよな

 

32 :2020/05/06(水) 00:19:53

ブラジル以外でも当時のWC3大会連続得点王がJに来てたもんな
リネカー、スキラッチ、ストイチコフ

 

35 :2020/05/06(水) 00:36:15

レオナルドといえば       肘打ち

 

41 :2020/05/08(金) 08:50:19

握手会で一度見掛けた事あるが普通にカッコ良かったわ

 

43 :2020/05/08(金) 08:58:23

高校卒業後のルーキー時代に住友金属戦に出場してファーストタッチゴールを決めて、あのジーコさんからも「ウチに来ないか」と誘われたらしいけど
そのまま鹿島に移籍してたらどうなってたんだろうな
Jリーグ初年度の鹿島の左SBは賀谷だったから普通に試合には出れただろうし
ドーハのときの都並の代役も岩本輝雄だったかもな

 

44 :2020/05/09(土) 00:12:54.74

左利きのサイドバックでレオナルドに似てると言われてたしな
40メートルの

 

引用元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1588686380/
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