もう1度ガンバ黄金時代を 取締役GM和田昌裕氏が語る

ガンバ大阪

653 :2020/05/01(金) 10:12:42.13

G大阪取締役に和田昌裕氏 OB選手の就任は史上初 – J1 : 日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com/m/soccer/news/202004300000766_m.html?mode=all

もう1度ガンバ黄金時代を 取締役GM和田氏が語る

[2020年5月1日10時0分]

G大阪の取締役に就任した和田昌裕氏(C)GAMBA OSAKA
https://www.nikkansports.com/soccer/photonews/photonews_nsInc_202004300000766-0.html

ガンバ大阪(G大阪)クラブ史上、初めてOB選手から取締役が誕生した。元日本代表DFで強化担当だった和田昌裕氏(55)が、4月14日付で取締役GM(ゼネラルマネジャー)に就任。Jリーグ元年の93年、歴史に残るチーム第1号ゴールを決めた勝負強さと、周囲が認める人間性を武器に、再び黄金時代の到来を目指す。【取材・構成=横田和幸】

   ◇   ◇   ◇

4月14日の取締役会で強化アカデミー担当参与だった和田氏は、OB選手としてはクラブ初の取締役に就任した。経営責任を負いつつ、トップチームなど強化全般に軸足を置く。

「組織上は肩書が大事だが、僕自身はこだわっていない。毎年が勝負という思い。今までの経験を生かし、タイトル獲得はもちろん、クラブ規模で言えば、営業利益でトップ3(18年度1位はヴィッセル神戸、2位浦和レッズ、3位鹿島アントラーズ、6位G大阪)を目指したい」

「今までの経験」はJリーグでも屈指だ。93年5月16日、ホーム万博で開催された浦和戦。前半29分の左CKが、ゴール前にいた左サイドの和田氏の前に転がった。背番号7の左足が、歴史的なチームの初得点を生んだ。

「当時は関西に1クラブしかなくて、すごい熱気だった。今でもG大阪の初得点と言ってもらえるが、あの場面は不思議だ。だって練習でもやっていないパターン。(CKを蹴ったブラジル人の)リナルドが、フリーの僕に、あえて合わせてくれたのかな」

95年1月の阪神・淡路大震災を経て、同年7月に故郷のクラブで当時JFLの神戸へ移籍。引退後は神戸で2度も監督に就任。最初の09年は中継ぎで、2度目の10年は前任者の解任を受けて緊急登板で奇跡のJ1残留を果たした。J2京都サンガやタイでの監督時代を含め、解任も味わった。

「いろんな人生の選択をしたが、中でも監督業は孤独だった。僕が監督で結果が出ていない時、クラブから『心配せずにやれ』と一言あったら…と思う。『はい、これで終わり』というクラブが多かった。結果以外の部分で、よき理解者が近くにいるのは大事。現場だけ、あるいは経営だけ知っていても限界がくる。僕は(取締役GMとして)両方を分かって対処できる人になりたい」

日刊スポーツの神戸時代の担当記者はかつて「和田監督と書いて、いい人と読む」と記事にしたほど、周囲の信頼は厚い。キャリアで所属先が途絶えたことはほぼない。座右の銘は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。

今年2月に25年ぶりにG大阪へ復帰したのも、松下電器(現パナソニック)時代の職場の先輩だった小野忠史新社長(58)に懇願されたからだ。

「外から見ていて、G大阪は伝統的にうまい選手が多く、洗練されたパスサッカーはできる。一方で激しさやフィジカル的な強さは欠けていた。でも今年の開幕戦(2月23日横浜Fマリノス戦)はすごかった。宮本監督が発展途上のチームを進化させている。プロのキャリアを始めたG大阪は、僕にとっては実家。僕を必要としてもらい、喜びがあった。全力で頑張ります」

◆和田昌裕(わだ・まさひろ)1965年(昭40)1月21日、神戸市生まれ。兵庫・御影高、順大を経て87年松下電器(現G大阪)入り。95年途中に神戸移籍、97年限りで引退。J1通算49試合2得点。90年ダイナスティ杯日本代表入り。神戸では監督、強化担当、副社長など歴任。J2京都、タイのクラブでも監督に。今年1月までJ2金沢で強化担当。178センチ、69キロ。

◆G大阪初代監督だった釜本邦茂氏 和田君の第1号ゴールはよく覚えていますよ。他クラブで監督など、いろんな経験を積んできた。見る目があり、クレバーさがあるから(取締役も)十分できるでしょう。

【取材後記】

今回の取材は新型コロナウイルスの感染予防のために、電話取材となった。和田さんの取締役就任の意気込みは、何の力みもない自然体のままだった。

電話口で盛り上がったのは家族の話題。3男1女に恵まれ、次男篤紀(あつき、27)はかつてJ2京都に在籍し、現在JFL鈴鹿でプレーする。三男倫季(ともき、25)はオーストラリア2部のクラブ所属でサッカー選手を続ける。

長女望伶(みれい、22)は、モデルとして活躍の場を広げている。「落穂拾い」で有名なフランスの画家フランソワ・ミレーから、和田夫人が「望伶」と命名したという。日本サッカー界に貢献する父に負けないよう、子どもたちも各分野で頑張っている。

 

654 :2020/05/01(金) 10:25:27.66

>>653
社長の後輩やったんか
人脈やなあ

 

655 :2020/05/01(金) 10:55:13

現場、スタッフ両方経験しているのは貴重やね
評判もなかなからしいし

 

656 :2020/05/01(金) 11:01:06

ガンバ初ゴールの人?

 

661 :2020/05/01(金) 12:15:57

和田ボン

 

662 :2020/05/01(金) 12:17:54

あとはツネやハッシー辺りが社長になってくれれば

 

664 :2020/05/01(金) 12:30:12.85

和田ボンて何でボンて呼ばれてるん?

 

713 :2020/05/02(土) 08:09:24

和田GMって松波どうなるの?
BSで現役時代の健太のプレー放送中

 

715 :2020/05/02(土) 08:17:30

和田の犬になります

 

720 :2020/05/02(土) 09:02:03

>>713
和田ぼんは取締役だから上野山の後任

 

729 :2020/05/02(土) 10:20:26.66

選手出身で最初にガンバの取締役になるのはツネだと思ってたが和田が先になるとは予想出来なかったわ

 

730 :2020/05/02(土) 10:28:41.08

>>729
上野山・・・はヤンマーだからカウント外?

 

引用元:http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/soccer/1587519333/

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コメント

  1. 匿名 より:

    もう一度…?
    一度でエエんか?

    中途半端な選手補強と有望な若手を次から次へと安易に手放す様な事を改めれば、少なくとも毎年降格争いするような事は無くなるやろうな

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